海軍村 と 奥沢ガーデンタウン
昨年「世田谷区風景づくり条例」が制定され、奥沢1~3丁目(ほぼ1平方 km)が「界わい形成地区 」 に指定されました。このまちの宅地の緑を保全し、まち全体をあたかも「公園のごとく」にしようという試みです(奥沢ガーデンタウン構想)。
その素地は1923 年(大正12年)に起きた関東大震災と関係しています。震災後山手線の外側の地域に住む人が増えはじめました。奥沢2丁目の地主である原氏は周りにさきがけて区画整理をし、宅地として整備しました(写真1 )。
図1 海軍村近辺の地図(奥沢2丁目の一部) 1 海軍村跡石碑、2 奥沢2丁目公園、 3 我がマンション、4 区画整理された道の一例(写真3 参照)
奥沢は海に面していませんが、海軍省のある虎ノ門と軍港のある横須賀との中間に位置しています。1923 年(大正12年)海軍士官の親睦団体「水交社」の斡旋により、住宅地として整備された奥沢2丁目界隈に士官たちが住むようになりました。昭和に入るころ(1926年ころ)には30軒ほどが集まり、海軍村 と呼ばれようになりました(写真1 )。現在では建て替えが進み、往時の建物はほんの数軒になりました(写真2 )。
写真1 海軍村跡石碑 位置は図1の1 。 写真2 往時の海軍士官の邸宅。 玄関にはポーチがあり、赤い屋根が特徴です。 この建物は築100年です。現在でも人が住んでいます。
邸宅は軍人には似合わず、道路に面し開かれた南欧風の建物でした。玄関にはポーチがあり、赤い屋根が特徴的です。どの士官も似たような家に住んでいました。この写真では写っていませんが、海軍村の家はどこも赤い屋根とシュロの木がセット になっていました(写真6 と7 参照)。士官たちは狭い船内で共同生活を送っていたため歩調を合わせたのでしょうか。
南欧風のオープンな建物は海軍の比較的自由な雰囲気が感じとれます。自由が丘という町名の「自由」が戦中を通して無事生き残ったのは海軍村があったからだと言われています(日々雑感1 参照)。自由が丘は奥沢の隣町です。
海軍村を含め区画整理された敷地は1軒当たり200坪ほどもあり、自ずと緑の多い街並みとなりました(写真3 )。そこで緑を守ってまち全体を公園のごとくにしようというアイディアが生まれ、奥沢1~3丁目が世田谷区風景づくり条例に指定されました。
「土とみどりをまもる会」 は1998年以来、市民活動を支援する様々な制度を利用して、活動している団体です。目標は地域の緑について、多くの住民が「自分のこと」 として共感をもってもらうことにあります。
写真3 区画整理された地域の道路。緑の多い家が目立ちます。道幅がやや狭いため自動車が頻繁に通らず、閑静な住宅地区とよくマッチしています。この通りは図1 の4 に対応しています。
共同体としての活動の場の場に、1936 年(昭和8年)に建てられたシェア奥沢 があります。空き家活用助成金で再生され、奥沢海軍村の風情を今に伝えています。住民主体のデイサービスや音楽会に使われています。
11月19日(日)に一日限りのカフェサービスがありました。私たち夫婦も穏やかなお天気に誘われ訪問しました。写真4 はそのときのスナップ写真です。
コーヒーを飲みながらくつろいでいる人たちです。奥ではその一人がピアノを即興で弾いていました。力強い、美しい音が響きわたっていました。それもそのはず、手入れの行き届いたSteinway & Sons のグランドピアノからなのです(写真5 )。1920年代にハイフェッツ(ヴァイオリニスト)が使っていたのを購入したと聞きました。
写真4 コーヒーを飲みながらくつろぐ人たち。奥では訪問者の一人が即興でピアノを弾いています。
写真5 Steinway &Sons の古いグランドピアノ
私たち夫婦もコーヒーを注文しました。奥沢に住む幸せを感じるひと時でした。
奥沢にはもう一つ「地域共生のいえ」があります。それは読書空間「みかも」 です。1924 年(大正13年)に建てられた和洋折衷建築の一部にある図書室です。1926年生まれの館長はずっとこの家に住んでいます。築99年の静かな読書空間です。入館料は300円ですが、みかもの運営や維持などのために使われています。
「みかも」の赤い屋根とシュロ(写真6 と7 )は海軍村の影響でしょうか、それとも海軍村の建物を購入したのでしょうか?機会をみて100歳近い館長に尋ねてみようと思います。
写真6 読書空間「みかも」の赤い屋根写真7 みかもの庭にあるシュロの大木
奥沢界わい地区は地域の有志の人たちと行政(世田谷区)とがうまくかみ合っている稀なケースかと思いました。
参考文献
1) Okusawa Garden Town みどりの街づくりガイド
(企画・取材 ; 特定非営利活動法人土とみどりを守る会、2021)
2) 読書空間みかもパンフレット(2023年11月)
3) 風景祭パンフレット(奥沢風景コア会議、2023年)
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