多田多恵子の近著「ワンダーランド道草」(NHK出版2023)を中心に取り上げます。身近な植物たちの巧みな生き残り戦術を分かりやすく、簡潔にまとめている入門書です。彼女は植物生態学の専門家ですが、在野の研究者のためでしょうか、専門臭のないユーモアのある文章は読む者を飽きさせません。
冒頭の第1章では「新芽の赤」が取り上げられています。生垣によく見られるカナメモチ(俗称 赤芽)は新芽が赤い常緑樹です。写真1はわがマンションと隣との境に植えられているカナメモチです。
葉は太陽の光エネルギーを使って葉緑体で澱粉などを光合成しています。しかし新芽が太陽光の紫外線を受けると葉緑体の遺伝子が壊され、正常な光合成は不可能になります。そこで新芽は赤いサングラスをかけて紫外線をよけています。新芽が赤い色素のアントシアニンで赤く染められているのはそのためです。アントシアニンが紫外線を吸収します。
注意すると、赤い新芽は多くの植物で見られます。わが家のベランダの主、朝鮮定家葛(つる性の多年草)も新芽は赤いサングラスをかけています(写真2)。写真3は葉の拡大写真です。新芽は成熟するにつれて赤い色素を失い緑色に変わっていきます。この本に出合う以前は新芽の赤色が紫外線よけだとは思いませんでした。
写真2 朝鮮定家葛 ツル性のため網戸に沿って赤い 新芽が這い上がっています。 | 写真3 葉の拡大写真 |
カナメモチの場合はどうでしょうか。朝鮮定家葛の場合と同様の過程をたどって、カナメモチの新芽も赤から緑に変化していきます(写真4)。
写真4 カナメモチの葉が赤色から緑化していく過程
都会の片隅で咲く草花 33 で取り上げたドウダンツツジの花芽も赤いサングラスをかけていました。晩秋、真っ赤に染まった葉が落ちると花芽(カガ)と葉芽(ヨウガ)は一緒に赤い苞葉(ホウヨウ)で包まれます(写真5)。多田流で言えば、赤い苞葉は紫外線を避けるためのサングラスです。春が来ると中から鈴のような白い花と若い葉が飛び出します(写真6)。中央にある開花寸前の花は緑色を帯びています。花柄のもとには若い葉がついています。
都会の片隅で咲く草花 33「2.ドウダンツツジのライフサイクル」を記した時点では赤い苞葉がサングラスだとは気が付きませんでした。すぐれた入門書に出会って初めて赤い苞葉のなぞが解けました。
写真5 赤い苞葉で包まれたドウダンツツジの花芽と葉芽 | 写真6 苞葉から顔を出した花と若葉 開花前のつぼみ(写真の中央部分)は薄い緑色をしています。 |
この本は第1章 春の道草に続いて、第2章 夏の道草、第3章 秋の道草、第4章 冬の道草、植物学の基礎を解説した道草ガイド(付録)で構成されています。
付録は、花の役割とつくり、葉の役割とつくり、植物の調べ方(知らない植物に出会ったら?)、植物の名前および学名、とから成り立っています。用語解説、道草を楽しむための持ち物もイラスト付きで紹介されています(写真7)。本書は実用書としても価値があります。
写真7 「道草ワンダーランド」を楽しむための持ちもの
私たちは四季折々の果物を味合うことのできる恵まれた国に住んでいます。果物と言えば実(ミ)を食べているのだと漠然と考えていますが、いったい実のどの部分を食べているのでしょうか。
第3章「秋の道草 その2 果物のつくり」では、柿、さくらんぼ、リンゴ、いちご等々が取り上げられています。
予備知識として、花のつくり(写真8)を先ず述べ、それから果物の話に移ります。花のつくりは「ワンダーランド道草」(p 82-83)からの引用です。専門用語をオブラートに包んだ解説は多田流文章の真骨頂です。
『花は、雄しべ、雌しべ、花弁、萼(ガク)から構成されています。雌しべの基部にあるふくらみが「子房」で、胚珠を包んで守っています。雌しべの柱頭に花粉がついて受精が行われると、子房は「実」に、「胚珠」は「種子」に育ちます。
一般に動物は雄と雌が別々ですが、植物は雌雄同体が大多数です。自力で動けない植物は、キューピッドが来ない場合の保険として雌雄の器官を同じ株に配置するようになったということでしょう。
でも、なぜ植物はわざわざ花を咲かせるのでしょう。数を増やすだけなら、雄だの雌だのと面倒なステップを踏まずに、球根とか地下茎で増やしたほうがよほど早くて楽なのに。
球根とか地下茎で増えた株はすべて親と遺伝的に同一のクローンです。みな同じ性質なので、環境の急変や病気の流行によって全滅の可能性があります。
一方、花を咲かせて他の株の花粉を受け取ってつくられた種子には、さまざまな遺伝子の組み合わせがあります。だからこそ長い歴史の中で生き残ることができました。いざとなったら自分の花粉で受粉するという抜け道を残しながらも、だから植物は花を咲かせるのです。』
このような調子で説明されると堅苦しい話もツルッと飲み込んでしまいます。
写真8 花のつくり 果物の実(ミ)は子房が育ったものです。
種(タネ)に育つ部分は胚珠(ハイシュ)です。
リンゴは例外で、雌しべを支えている花の土台部分(花托)
が膨らんだものですが、ここでは触れません。
図の横長の囲みの部分は読み取りにくいので、取り出してかなを振りました。左側の上から順に列挙します。柱頭(ちゅうとう)、花柱(かちゅう)、子房(しぼう)、胚珠(はいしゅ)、右側に移って上から順に葯(やく)、花糸(かし)、花弁(かべん)、萼片(がくへん)、萼筒(がくとう)です。専門用語のジャングルです。
果実の話に移ります。私たちは果実のどの部分を食べているのでしょうか。答えは意外にも「果皮」です。果実の皮が膨らんだ部分です。柿を例に説明します(写真9)。
口の中で柿の種を縦にして強く噛むと二つに割れ、中から葉と葉柄のミ二チュアが現れます。子供のころ経験された方が多いと思います(写真9 左下)。種にはこんな秘密が隠されていたのだと、神妙な気持ちになったのを思い出す人も多いと思います。
写真9の右側は雌花、左側は実(み)の断面写真です。種(たね)はこげ茶色の硬い皮(種皮)で覆われています。種は3層からなる果皮(内果皮、中果皮、外果皮)で包まれています。中果皮は柔らかな果肉となり、それを鳥や哺乳類が食べ、種を運ばせているのです。こうした実(み)の中で人が食べても美味しいのが果物です。
果物は動物に種を運ばせる手段だったのです。私たちはそれをちゃっかり頂戴しているというわけです。
種の周りはゼリー質で包まれています。内果皮です。柿を食べた動物が種を噛み砕く前に喉の奥に滑り込ませるためです。あんぽ柿を食べると種の周りにこのゼリー質がついているのに気づいた方は多いと思います。
写真9 柿の雌花と実 種を包んでいるこげ茶色の硬い皮は種皮。種を包んでいるのが果皮で、内果皮、中果皮、外果皮の三層からなっています。右側にあるのが雌花です。
謝辞
今回のブログは多田多恵子の近著「ワンダーランド道草」に負うところが大きく、著者に感謝します。写真7-9は本書からの引用です。
余録 その1
素敵な名前の美しい花 3題
写真10は玉川高島屋の屋上で撮りました。長さが10センチほどもある大型の花です。鳥の頭のような形をしています。南アフリカを中心に分布し、葉が美しく観葉植物として栽培されているようです。どうしてこのような奇妙な形の花を付けるのか不思議です。受粉のため鳥を呼び寄せるためとは考えられません。
写真11は私たちが住むマンションの管理人室の前に飾られている鷺草です。白い鷺が羽を広げて飛んでいるかのようです。花から長さ3―4センチの緑色の垂れ下がりは、先端が次第に太くなっています。これは距(キョ)と呼ばれ、末端には蜜がたまっています。この鷺草は花好きである管理人の奥さんが球根から1年かけて育てたとお聞きしました。
写真10 Bird of paradise(楽園の鳥) | 写真11 鷺 草 |
写真12,13は小型のセントポーリア、フェアリーファウンテン(fairy fountain、妖精の泉)です。1年ほど前、葉挿ししておいたのが育ちました。みるみるうちに葉柄が伸び、その先に小さな白いつぼみがつきました(写真12)。つぼみは泉から飛び散る水滴のように見えます。
fairy fountain(妖精の泉)とはうまく名付けたものです。紫がかった薄いピンク色の八重の花は妖精の衣でしょうか(写真13)。
写真12 開花寸前のFairy fountain | 写真13 開花したFairy fountain |
余録 その2
赤と白の2段のサングラスをかけた朝鮮定家葛
(ページ上部の)写真2,3はわがベランダの朝鮮定家葛ですが、近所の家の玄関への通り道に見事な朝鮮定家葛が植えこまれています(写真14、拡大写真は15)。
先端の葉芽は赤色ですが、その下の白い若葉を経て、緑色の葉に変わっていきます。あたかも女子学生が夏服に衣替えしているかのようです。白はすべての色の光を反射しますので、赤いサングラスほどではなくても紫外線の強度を緩和しているのでしょうか。
写真15を眺めると、まず点状の葉緑素が白い葉に生じ、それが徐々に成長していきます。なんとも不思議です。
写真14 赤白緑で彩られた朝鮮定家葛 | 写真15 左の拡大写真 |
余録 その3
夏はやっぱりポーチュラカ
今年買い求めたポーチュラカは大当たりです。直径が3.5センチメートルほどもある色とりどりの大型の花を付けます。夏の終わりまで咲き続けます。
朝、カーテンを開くと所せましと咲き誇ったポーチュラカが目に飛び込んできます。「お爺さん、元気を少しお分けしましょうか」と声をかけられているような気分になります。
1日花ですから、一日ごとに花は総入れ替えです。子孫繁栄のためとは言え、消耗するエネルギーは相当なものです。もう少し倹約してもよさそうに思いますが。
写真16 ベランダのハンギングに植えたポーチュラカ
100万ドルのポーチュラカと勝手に名付けています。