年末から年始にかけて読んだ二つの小冊子を紹介します。「パリのおばあさんの物語(岸恵子訳、千倉書房)」と「ルビーの一歩(あすなろ書房)」です。前者は37頁、活字は大きく、挿絵が半分近くを占めています。後者は57頁、半分が写真です。いずれも意味深いメッセージを秘めた本です。
「パリのおばあさんの物語」は東急のPR紙、Fino に紹介されていました。家内が買い求め居間のテーブルに置いていました(写真1)。手に取り、目を通すと釘付けになりました。エスプリのきいた文章に引き込まれました。フランスっぽい挿絵が花を添えます(写真2)。
冒頭部分を引用します。
あの赤いマントを着ているおばあさんを見て。
ちっちゃな買い物かごを持って
市場で野菜を買っているでしょ。
いっぺんにたくさんは買えないのよ。
もう、力があまりないですもの。あのおばあさんの後ろを歩いてみたことある?
痛い足をひきずって、やっと一歩、
それから次の一歩を踏み出すのもたいへんなの。市場でお金を払うのだって大仕事なのよ。
だって、コインを見分けるのに時間がかかって・・・。
だからおばあさんは八百屋さんに
恥ずかしそうに照れ笑いをしながら言うの。「まあ、今日のいんげん豆のながいこと。
編み棒にしてソックスでも編もうかしら」
結びの部分では大真面目に人生を振り返ります。
「おばあさん。もういちど、
若くなってみたいと思いませんか?」
おばあさんは、驚いて
ためらうことなく答えます。
「いいえ」
その答えはやさしいけれど、決然としていました。「わたしにも、若いときがあったのよ。
わたしの分の若さはもうもらったの。
今は年をとるのがわたしの番」彼女は人生の道のりの美しかったことや、
山積みの苦難も知りました。
彼女の旅は厳しかった。
彼女の旅は心優しくもあった。「もういちど、同じ道をたどってどうするの?
だってわたしに用意された道は、
今通ってきたこの道ひとつなのよ」あなたは どう思うかしら・・・?
この本の帯には「フランスで子供から大人まで読み継がれている絵本」とあります。このおばあさんは90歳のユダヤ人。岸恵子の訳もさすが。
もう一冊の「ルビーの一歩」は 朝日新聞「折々のことば(鷲田清一)」(2024・1・10)に紹介されていました(写真3)。表紙の写真は意味深です。壁には黒人に対する蔑称「NIGGER」や、投げつけられた赤いしぶきは血を思わせます。この壁画はノーマン・ロックウエルの作品「私たちすべての問題」の一部によります。ルビーはその壁に沿い、ひたすら前方に歩を進めています。
米国では1954年、公立学校での人種分離が違憲とされました。白人だけの小学校(ニューオーリンズにあるウィリアム・フランツ小学校)に最初に入学した黒人の少女が写真のルビーです(1960)。人種分離を維持しようとする白人たちの抵抗はすさまじく(写真4)、学校の行き帰りは4人の連邦保安官が護衛にあたりました(写真5)。護衛の指示はケネディ大統領が出しました。
小学校に入学して数か月後には新しい友だちができました(写真6)。ヴァエという女の子は、私たちはみんなふくろのなかのM&M(エム アンド エム)のチョコレートのようだと言いました。外側の色はちがっていても中身は同じなのです(参考)。
ルビーは成長し、公民権運動家として各国の子供たちと出会い、差別主義者として生まれてきた人間などいないと確信しました。ルビーの強い思いは次の文章から読み取れます。
『自由と勇者たちの国アメリカが、どれほど偉大になれるのかを思うとき、わたしは偉大であることについて語ったキング牧師のことばを思い浮かべます。
「人はだれもが偉大になれます。なぜなら、人はだれもが、だれかのためにつくすことができるからです。」』
そうです、子供たちを導き、教え、最高のお手本を示すのはわたしたちおとなです、とルビーは確信しました。
写真7は6歳だったルビーと現在のルビーです。成長したルビーの凛とした表情は「人種差別のない社会」実現への確かな歩みを感じさせてくれます。
この本の副題は「THIS IS YOUR TIME」です。「あなたたちの出番です」とアメリカの人たちに訴えています。
参考 色とりどりの M&M チョコレート